能面とは
仮面の起源と能面の誕生
600年以上の歴史を持つ「世界最古の舞台芸術」といわれる「能」。
現代でも形を変えることなく上演される「能」は世界でも類をみない、高い精神性を宿した仮面劇です。
「仮面」とは、人がそれを顔につけることで何者かに変身するための道具です。仮面の歴史を遡ると、遥か昔、先史時代に辿り着きます。旧石器時代の洞窟には、動物の仮面をつけた人間の姿が描かれています。
それは、獲物に近づくための変装だったのかもしれません。仮面をつけることによって、動物のもつ能力が身に付くような想いもあったでしょう。
怪力、俊足、空を飛べるなど、人間の持ち得ない超能力を発揮できるという信仰のような感覚があったのではないでしょうか。
太古の昔から人類は、世界各地で仮面を作って来ました。それらは様々な文化・宗教と出会いながら、日本へと渡ってきます。そして日本古来の仮面と出会い、日本の風土の中で独自の進化を遂げ、「能」との出会いによって「能面」が生まれました。

能面の始まり
神聖な「翁」から多様な面へ
能という演劇ができた頃から、今に伝わる最も古い面は「翁」という能面です。翁は神、もしくは神の化身として特別に扱われています。
私たちの祖先は農耕民族です。人々は自然の“大いなるちから”を怖れ、“大いなるちから”に意志を感じ、“大いなるちから”に人格を見い出し、その大いなるものを「神」と呼ぶようになりました。このように初期の能は神事を題材としており、能面の創作は翁系・鬼神系を起源としています。
その後に男神役や、女神役として使う、尉系、男系、女系の仮面が創作されるようになります。
さらに今から600年ほど前、南北朝末期から室町初期にかけて観阿弥、世阿弥という偉大な親子の能役者が現れ、王朝文芸の中にみられる人物を登場させるといった、鑑賞する芸能へと展開されます。
武士と能
心の救いとしての芸能
能が600年以上の歴史を経て受け継がれたのは、足利義満、織田信長、豊臣秀吉をはじめとする武士をパトロンとして発展した点が大いに影響しています。能好きの将軍家に倣い、諸大名は競って能を演じる様になります。では、なぜ「能」が武士の心を掴んだのでしょうか。
武士は、殺すことを職業とする人たちです。彼らは自分が生き残るため、親子兄弟といえども殺さなければならない過酷な状況下にありました。戦いのあと、彼らの心にどのような想いが襲ったか、想像もつきませんが、ただ彼らが心の救いを宗教に求めたであろうことは、まず間違いないでしょう。武士道の精神を支えた禅宗の他、鎌倉時代に興った念仏仏教がそれでした。多くの武士たちが後半生を、出家したり、念仏三昧の日々を送ったりして、自らの罪の意識を慰め、殺した者たちの魂を鎮めようとしました。
こうした時代背景を見るとき、芸能もまた、おもしろづくしだけではない内容が求められるようになったことがうかがえます。その求めに応えたのが世阿弥の確立した夢幻能ではないかと考えられます。世阿弥の能では繰り返し繰り返し幽霊があらわれ、この世に残した想いや怨みを語って、またあの世へ戻って行きます。死んだ人の魂を呼び寄せては、その怒りを鎮め、悲しみを慰めるのが能の大きな主題です。
物語が深まるとともに、能面にもより豊かな表情が求められるようになりました。

能面に宿る日本人の精神性
また、武士の時代の始まりには、日本の歴史上最もドラマチックな出来事がありました。それは平家の興隆と没落です。能には平家の物語を題材とした演目が数多くあります。武士として初めて政権をとって一世を風靡し、たちまち滅んでいった平家の物語ほど、深く激しく人々の心を捉えたものはなかったでしょう。その基調にある諸行無常、盛者必衰の哲学はまさに日本的精神として、平安貴族のもののあわれ以上に、深くわれらが民族の心に根付いたのではないでしょうか。
仮面という人類が生み出した存在に、600年以上の歴史をかけて日本人の精神性を宿したのが能面です。人間が生きようとするあらゆる祈りが、能面の持つ「曖昧な表情」へと昇華されました。能面は役者の身体表現と融合し、時には激しく時には穏やかに、感情を様々に変化させます。喜怒哀楽を変幻自在に表現することができる。それこそが能面の魅力なのです。



